本日のチラ裏(日本人が日本で近代西洋魔術を行うと言うこと)

「日本人が日本で近代西洋魔術を行うと言うこと」

これについては、何度か「きちんと行うことが出来ない。止めた方が良い」的な話は聞いたことがある。

しかし、どうなんだろう。
例えば四大精霊への接触において何種類かのシナリオがあるが、それぞれ時代と場所によって変化がある。最近のものだと環境問題が入っているし、ちょっと古いものだと戦後のムーブメントの影響がある。

もちろん、GD時代のロッジで行われた空気は再現できないし、当時のサロンに居た人達のメンタリティを再現できないのは当たり前だ。
それをいえば、現代において魔術師になるのは不可能になる。それは馬鹿な話しになろう。

ならば(だいぶ飛躍があるが)現代日本人がその精神性に合った”西洋今術師”で在っても良い気がする。

本日のチラ裏 (五芒星小儀礼)

最近、心の赴くままに五芒星小儀礼やってたら、下みたいになってきた。やたら豪華になってきたが、そこまでゴテゴテするなら大儀礼やったら?と思わなくも無い。


ケテルを感じようとするが中々感覚が得られない。
雑な中央の柱を行い、エネルギーに対する集中を深める。
再びケテルに集中すると上手く行く。
そこから3軸に沿った円弧を描く。もちろん中心は体だ。

カバラ十字を行う。
垂直方向と横軸方向で二本の黄金のシャフトが体を貫く。シャフトは交差点で噛み合い回転する。最後にそこを中心として薔薇十字記章のようなものが浮かび出る。

四方を回る。やり方は先日書いた変形版。オリジナルよりも相性が良い気がする。悪いことは特に無い。
反応がハッキリと半ば物理的な波動を感じる。

四大天使の圧が強い。皮膚にハッキリと感じ取れるようだ。それとともに3軸の交点に薔薇十字が浮かび上がる。(しかし軸に従ってある円って何と呼ぶのだろう。) 高まる内圧が光となる。放電現象のようなものが自分と球を結ぶように発生する。

最後に視界が光に包まれて終了した。マンガやアニメだと、必殺技食らって死ぬときの演出だよな(笑)

もちろん日常への帰還も忘れずに。

魔術的歯磨き

魔術が日常生活で役立ってる事と言えばなんだろう。

私の場合、真っ先に思い付くのが歯磨き。

私が歯を磨くときは目を閉じる。歯を磨きながら「ココを磨いた」「そこがまだだ」とやっていくわけだが、その際に実は「視覚化」を行っている。歯を磨きながら口腔内を視て、「あ、ココまだだな」と気付くわけだ。

毎朝毎晩やっていくのだから、腕の方も上がりまくり。もはや慣れた物である。

魔術で鍛えたスキルを活かしているのだから、こっそり「魔術的歯磨き」呼称しているのだが広める相手が居ない。

仕方ないのでブログに書いて自慢してみる。

チラ裏 カバラ十字したときのこと

カバラ十字を行おうとしたところ、変わった事があった。

意識を体に向け、準備すると体が白い半透明のモノリス状の立体になって、その中に生命の木が埋め込まれているイメージが湧く。
その状態からカバラ十字を実行すると、いつもよりかなり明瞭にエネルギーがセフィラを通る様子が実感できた。セフィラを通過するときに、強く輝いてた。

半透明の黄緑色に染まった生命の木

中央の柱のような瞑想のような事を日課の一環としてやってみる。
直立し、目を閉じる。タイマーを5分に設定。
最近、SNS等の影響でささくれ立ち気味なのでそれの解消を目標に。

吸って吐く。これに合わせて、まずはエネルギーを上下に。
次に吐くときに全身の毛穴からエネルギーが出る様子を幻視。
エネルギー全体が薄い黄緑色(半透明)の光に包まれる。
ネツァクの影響だろう。自分の中の黒いシミが剥げていく。

生命の木自体を意識し、それぞれのセフィラにエネルギーを通していく。
この時も緑のフィルタが掛かっているかのようだった。

実はこの現象、昨日にも体験している。気分がささくれ立ち、良くない感情が止まらなくなったため深呼吸を行い生命の木を思い浮かべたところ、半透明の黄緑色に染まった生命の木が思い浮かんだ。
今日の瞑想はそれの再現を狙ったものだった。

詰まったパイプ(ビーム)

本日、中央の柱でのこと。

なんか最近、体の中央を走るパイプ(ビーム)が詰まる感じがしていた。流れが悪く、流れがギザギザ?してる。

そこで、意識の焦点を合わせて良く見て見ると、水槽やポットにくっつくカルキみたいなのがこびりついてる。エネルギーをアイスピックみたいにしてがっしがっしと削ってみたらスムーズに。
このイメージは使える。
その後自分の殻の内側に圧を掛けてみる。先日より楽になった気がする。
今回は自分の内というかエネルギーの通り道だけだったが、エーテル体なども磨いた方が良いのかも知れない。噴出させるエネルギーだけでは効率的に剥がせないと思う。

絵を描いた後の儀式は解像度が上がった

本日の日課の実行時。ここ数ヶ月はエレメンタマギカの挿絵が脳を占めたのだが、今朝のイメージは昨日描いた絵が脳を占めた。

やはり自分が描いたものだと隅から隅まで知っているから解像度が高い。ラファエル描いただけで、全体的にも良い感じになるのであれば、これ四大天使全部描き終えたらどうなるのか、非常に楽しみ。

しかしまぁ色んな道具やブラシなんかを使って描いた絵は、自分で描いたとは思えない程良い出来に見える。ブラシを導入してなかったらこんな風に草原や羽根は描けなかった。大ざっぱでめんどくさがりな性格なのでラフみたいな出来になってただろうなぁ。

生きる意味

しばらく前から思ってたことを、夜中のテンションで書き出してみた。元はTwitterの連投なのだが、文を抜き出して置いて見る。

「生きる意味」とはなんであろうか。 何故地球に人類が生まれたのか。何故地球は生命を育むのか。何故太陽系は、何故銀河系は……。 最新でなくとも良い。宇宙の成り立ちを科学に求めれば、そこに「意味」が割り込む余地はない事を知るだろう。

宇宙がある事に意味は無い。銀河がある事に意味は無い。太陽系も地球も。ならば人間が「生きる意味」はあるのだろうか。素人ながら、「強い人間原理」という考え方を元に考えれば、この宇宙に我々がいるから森羅万象がある事になる。

「(自分が)生きる意味」を求める人にとっては、はぐらかされた様なものだが、我々が意識を持って宇宙を認識するから、この宇宙に意味がある。そこに我々がある事で活かされる。 無限ループのような堂々巡りのような話かも知れないが、「在って知る」事が「存在の理由」なのだろう。

識る方法は一つではあるまい。科学でも宗教でも魔術でも良いのだろう。自分探しの旅もその一つなのかも知れない。 「在って識る」為に足場が要るのなら、それを自分で決めてしまっても問題あるまい。 気がつけば、いつの間にかそう思うようになっていた。 神秘体験がそうさせるのだと確信している。

チラ裏(儀礼とか)

ここ数日儀式での体験が良い感じ。
儀式などでの感覚、一枚皮が剥けた感じ。より自分で纏っている感が上がった。

実行している時に高めて行くと、背中や色々なところに強い気配のようなものが来る。そしてぶるっと震えるとそれまでの高まりが全部落ちてしまう。これはなんなのだろうか。射精時の感覚とはまるで違う。オーガズム的な?分からない。なんせオーガズムって言葉は知ってるが具体的にはどんな物なのか知らんしな。

ともあれ、ここ数日はその”ぶるっとする奴”を押さえながら実行できている。このコツも早く確実にしていきたいものだ。

んで、エレメンタマギカ、そろそろ次の章に進めて良い気がするので頑張ろう。

本年の初夢

明けましておめでとうございます。本年もぼちぼちやっていきますのでよろしくお願いします。

今年の初夢は、もうぼんやりとしか思い出せないけど、「水と火のエレメンタルプレーンを訪問して、キャッキャと遊んだ」感じでした。

しかし、「エレメンタルプレーン」だと魔術用語!って感じなんだけど、「精霊界」だと途端にファンタジー小説感増すのなんでだろうねぇ。(個人の感想です・実在の人物・場所・組織・プレーンとは関係ありません)

初代のロードス島戦記とか思い出しちゃうのよ。若い人だとなろう系とかになるんかな?知らんけど。